« Fポン第2戦鈴鹿決勝 | トップページ | インディ、モナコ、ニュル、もてぎ »

2008/05/24

遺伝とか言いたくないんだけど......

モナコGP予選、中嶋一貴は14番手、チームメイトのニコ・ロズベルグは6番手。
ここ数戦ニコと遜色ない予選パフォーマンスを見せるようになって、スペインGPでは遂にニコの前に出た一貴だけど、今回ばかりはニコに圧倒されちゃった格好。

これを見ていて思い出すのが二人の父親の戦績だ。

ニコの親父(ケケ・ロズベルグ)は1983年モナコ、1984年ダラス、1985年デトロイト、アデレードと、通算5勝のうち4勝がストリートコースという、このテのコースのスペシャリストだった。
ちなみに残りの1勝は1982年フランスのディジョン。訳あって「スイスGP」だったりするが、その理由を説明しようとすると1950年代のルマン24時間から話を始めないといけないのでここでは割愛。

対する中嶋悟氏はモナコに関しては1988年、89年の2年連続予選落ちをはじめ、市街地コースでは殆ど後方グリッドからスタートすることが多かった。
まぁ決勝では1989年のアデレードでファステストラップ、なんて快挙もあったし、1990年のフェニックスでも6位入賞してるけど、アデレードは市街地云々以前に雨の影響が大きかったし、フェニックスもチームメイトのアレジは前年のフランスGPからF1に参戦してきた、まだルーキーといっていい存在だったにも関わらず、セナと熾烈なトップ争いを展開してたわけで。

まぁ親父さんたちの時代は日本とヨーロッパのレース環境の違いが大きくてこういうことになったわけだが、現在じゃホンダやトヨタがドライバー育成に力を注いでるお陰で日本人がユーロF3やGP2に参戦してるのも当たり前になってきたし、市街地コースに関してもマカオF3で日本人が表彰台に上がる光景は珍しくなくなってきている。去年なんか上位5人までが全日本F3出身者で占められてたわけだしね。
だから今回に関してはF1にきて3シーズン目のニコの経験がルーキーの一貴に勝ったと、そういう理解でいいのだろう。

でもひょっとしたらケケ父さんから「モナコ攻略虎の巻」みたいなもんが一子相伝で受け継がれてるんだったりして(^^)

ちなみにピケ親子にはそういうのなさそうです(笑)
アンジェロ、そろそろクビやばいんじゃないの?

|

« Fポン第2戦鈴鹿決勝 | トップページ | インディ、モナコ、ニュル、もてぎ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95773/41307512

この記事へのトラックバック一覧です: 遺伝とか言いたくないんだけど......:

« Fポン第2戦鈴鹿決勝 | トップページ | インディ、モナコ、ニュル、もてぎ »